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理智に依存しない人生

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理性や感情というものは、


その人の心身に享受した教養や、



または経験から培養された理智を


根源とするという


忽諸(こつしょ)に付(ふ)すべからざる


大きい事実関係がある。



しかし理智なるものは、


つねに間断なき発育的情勢をもって


推移しているという相対的なものである。



しかるに、かくのごとく、


多分に変移性をもつものに


人生生活を依存すると、



しばしばそこに図らざる蹉跌(さてつ)や、


思いもよらぬミステークというものが


生ずるのは必然で、



せんじつめれば、


人生の悲劇も、地獄も、不平も不満も、


そうした無自覚を基点として


発生するのである。



中村天風



注)蹉跌…失敗や挫折のこと



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天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。




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▼理性を標準とすると…


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(以下、『心に成功の炎を』第5章より


引用抜粋)



理性というのは、一日一分といえども、


同じ状態でいないんです。



つまり、昨日の理性と今日の理性は


違うんですよ。



よくあるだろ? 


おととい考えたことを、今日考えてみたら、


ああ、あれよりはこのほうがいいな、


というふうに考え直すことありゃしない?



それは結局、理性というものは向上し、


発達し、変化するからなんです。



だから、今日、自己の理性で判断して、


是なりと思ったことも、



明日になって、


さらに理性の発達にともなって、


あるいはそれが全然反対に非となる


場合だって往々にしてあるんですぜ。



だから、変転変化きわまりなき発達性を


もっている理性を


標準にして生きようとする計画は、



狂っているコンパスをあてにして


航海をするよりまだ剣呑なんですよ。



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■ 4月の天風箴言


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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様


心かけると 


ドレダケ心に余裕が出来るか分らない


 
 
 

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