相手方の気持ちになる
- bonaondo

- 10 時間前
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相手方の気持ちになるということは、
わかりやすくいえば
「自分が先方の立場にいたらどうであろうか」
ということを考えることなのである。
実際!
自分以外の人の心持ちを理解しあうことが
できるという特殊の精神能力を、
人間だけに賦与されているのはなにゆえぞ、
と考えたら、
何事に対しても、まず
相手方の気持ちになって考えてみることが、
すべてのことの解決をスムースにする
秘訣だと理解される。
中村天風
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▼相手の気持ちになって考えられない人
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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された
「箴言註釈4」現代語表記版より引用抜粋)
※『叡智のひびき』箴言4に該当。
相手の気持ちになれば、
おのずから「思いやり」という聖なる気持が、
自然に湧き起こってくる。
ところがいざとなると、
なかなか相手の気持になって考えようという
気になれないという人がいる。
それはよくよく考えてみるに、
結局はその人の人生観なるものがあまりにも、
「自己中心主義(Egocentricity)」に
偏っているからなのである。
なぜ、そのような人生観で
活きているかというと、要するに、
「世界観が正当に確立されていない」
からだと、私は断言する。
世界観が正当に確立されないのは、
宇宙の真相に対する
考察と理解とに徹底したものを
持っていないがためである。
事実において宇宙の真相というものが
正しくわかってくると、
自己中心主義という人生観は、
決して完全な人生に活きようとする者の
正当な人生観でないことが、
自然と納得出来るようになる。
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■ 4月の天風箴言
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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様
心かけると
ドレダケ心に余裕が出来るか分らない

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