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自分自身という存在

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自分の心や肉体の存在を


意識的に自覚したのは、たぶん、


生後三年か四年たってからであろうと


推定する。



そこで自分で自分に聞いてみる。



自分自身が心や肉体の存在を


意識的に自覚しなかった当時、


自分というものが


存在していなかったかどうか? 



言い換えれば、自分の生命は


存在していなかったかどうかである。



私の生命は、自分自身、


心や肉体の存在を意識的に


自覚するかどうかに関係なく、



既にその以前から


立派に存在していたのである。



中村天風




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▼心や肉体の存在を自覚していなかった


 以前から生命を確保していたもの


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


 『研心抄』現代語表記版第1章より


引用抜粋)



各自の心や肉体の存在を


自覚していなかった以前から


諸君の生命を確保していたものこそ、



諸君の真我=自己の本体で、


それがすなわち真正の自己なのである。



しかもこの真我=真正の自己というものは、


諸君の生後の無自覚な間も、



またその後心の活動が開始されて


様々なことの理解や考察が


できるようになっても、


やはり依然として同一のものなのである。



否、厳密にいえば


諸君がこの世に生れ出る以前から、



既に諸君となるべき生命要素というものは、


厳然としてこの宇宙大気の中に


実在していたのである。



この厳粛な一大事実に思い及べば、


真我=真正の自己というものが、



明らかに心や肉体を超越した


尊厳な一実在であるということが


一層明瞭になりはしないだろうか。


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■ 4月の天風箴言


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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様


心かけると 


ドレダケ心に余裕が出来るか分らない

 
 
 

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