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我慢して食べることはない

11 分前
読了時間: 2分

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病弱者はでき得る限り嫌いなものは食せず、


嗜好するものを食すようにするのが


よいのである。



これはちょっと考えると、


すこぶるわがままなようであるが、



多くいうまでもなく食物というものは


肉体を修補形成する要素である。



しかるにただ滋養という名目にのみ捉われて、


無茶苦茶に嫌いなものでも


我慢して食すということは、



何のことはない身体自然の要求に


無謀な圧迫と活力の減損だけを


招致することとなり、



それがいささかも血となり肉とならない。



中村天風





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▼自分の好きなものを食べる


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(以下、南方哲也著『天風入門』第6章より


引用抜粋)



自分の好きなものを食べると、


神経作用が直ちに消化機能の作用を促し、


その食事を十分に消化吸収することが


できます。



逆に、嫌いな物を食べても


身体が受け入れません。



だから、どんな滋養食品でも


本人が好まないものは、


無理して食べさせるべきではないのです。



病弱者はできるだけ


好きなものを食べることです。



しかし、だからといって、


動物性の食事や、アルコール類および糖分は


過量に摂ってはいけません。





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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである


 
 
 

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