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かりそめの気持ちでやらない

11 分前
読了時間: 2分

9/16 


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「正義の実行」を、確実に現実化するには、


何をさしおいても、平素の言葉や行為を、



いかなる場合にも、


かりそめの気持ちで為すことなく、



つねに、本心良心にもとらぬよう、


注意に注意して心がけねばならない。



中村天風




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▼「正義」とは?


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(以下、尾身幸次著『成功への実践』第3章


 より引用抜粋)



心身統一法における正義の定義は


非常に明確である。



天風先生は、


「正義とは、自分自身の本心良心に


悖(もと)らないことを標準とする」


とされている。



一見正しいことのように見えても、


なんとなく自分にやましい思いが


あるようなのは、正義ではない。



自分の心に照らして、


やましいと思うようなことは


やってはならない、



良心の咎(とが)めを感じるようなことは


やってはならない。


きわめて明快である。



なぜなら、自分の心はごまかせない。


ごまかそうとしてもできない。



本心良心というのはきわめて厳しい判定を


くだすのである。



世間にはよく自分がした行為や言った言葉を


後になって悔んだり、


落ち込んだりしている人がいるが、



それというのも、


その行為が本心良心にもとづいて


おこなわれたものではないからである。



「自ら省みてやましからずんば、


千万人といえども我行かん」と


天風先生は言われた。



自分の本心良心に悖らない生き方をすれば、


誰がなんと言っても堂々と生きていける。




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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである


 
 
 

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