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人生を立体的に観察する

1 日前
読了時間: 2分

9/15 


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生活に負わされている


負担とか犠牲という方面のみを考えると、



およそ人間の生活くらい


苦しく、つらく、悩ましいものはないと


思われよう。



しかし、もっともっと立体的に


人生というものは観察すべきである。



すると、期せずして生活の範囲の


広いことと同時にその内容が、



ちょうど精巧な織物のように、


極めて複雑な色模様で


ちりばめられていることを直感する。



そして、その直感なるものが、


生活の中から、相当楽しく、面白く、愉快で、


スウィートだと思えるものを、


かなり量多く見出してくれるのである。



中村天風




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▼生活の中の情味を味わうのは


「心」の持ち方次第


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


「箴言註釈13」現代語表記版から引用抜粋)


※『叡智のひびき』箴言13に該当。



真に活きがいのある人生に


活きようとするならば、



自分の生活の中にある情味というものを


味わうということを、心がけるべきである。



厳格にいえば、


この心がけを欠如した人の人生は、


如何に地位ができようと、


又かりに富を作ることができたとしても、



結局は何の意義もない、


空虚で、荒涼たるものになる。



生活の中の情味を味わうということは、


心の問題であって、


物質の問題ではないのである。



大豪邸に住んで暖かい着物に包まれ、


飽きるほど食べてもなお、



なんら感謝も感激もなく、


ただあるものは不平と不満だけという


憐れな人生と比較して、



人生の一切を感謝に振り替え、


感激に置き換えて活きられるならば、



はっきりとそこにあるものは、


本当に高貴な価値の尊い人生では


ないでしょうか!!



こうした心がけを現実に実行することこそ、


活きている一瞬一瞬に、



何とも形容のできない微妙な面白味が


自然と心の中に生じてきて、



どんな時にも生活の情味というものを


当然味わうことができるようになる。




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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである

 
 
 

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