top of page

頼もしい自己建設

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年9月6日
  • 読了時間: 2分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



9/6 頼もしい自己建設


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「頼もしい自己建設」とは、


これをわかりやすくいうならば、



すなわち「命」を活かす力=


「体力、胆力、判断力、断行力、精力、能力」


なるものを、



量的にまた質的に、


自己の生命の内容に


充実せしむることなのである。



中村天風



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は『哲人哲語』


「再び統一式修練ということに就て」です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『哲人哲語』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼自分の中の「六つの力」を評価する


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、今川得之亮著『中村天風の名言


人生を変える120の教え』第1章より


引用抜粋)



六つの力(潜勢力)は、


人間が享受できる権利として


万人に平等に与えられてはいるが、



公平に分配されているかとなると、


それぞれの力の優劣や強弱については


生まれつきで個人差があり、



とりわけ能力に関しては


アスリートや芸術家の世界で


この差をよく見かける。



その反面、


いくら天分に恵まれていても


宝の持ち腐れにしてしまう人も


少なからずいるのも事実である。



誰にも長所もあれば欠点もある。



六角形のレーダーチャートを用いて、


六つの力を客観的に分析し、


それぞれ5点満点で評価してみてほしい。



六つの力のバランスが分かれば、


自分の特長が見えてくるから、



それを決して悲観せず、


慢心もせず、劣っている力は改善に努め、


優れている力は伸長を図っていくことが


大切だ。



--------------------------------



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風の名言 人生を変える


120の教え』





□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 9月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



真の平和の世界を作為せんと欲するものは


先づ個々の家庭平和を確立することを実行すべし



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
情味を物質に求めない

8/24  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 真に活きがいのある人生に活きようには、 何としても、我々は、 自分の人生生活の中の 情味というものを味わうということを 心がけるべきである。 否、厳格にいえば、 この心がけを欠如した人の人生は、 いかに地位ができようと、 また仮に富を作り得たとしても、 しょせんは、無意義で、空虚で、 荒寥(こうりょう)たるものになる。 多くの人の特にいけな

 
 
 
 喜びの厳格な規格

8/23  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 私の言う喜びは、 そこに厳格な一つの規格があるのです。 その規格というのは難しくも何ともないの。 すべてのいかなる種類の享楽にせよ、 それが絶対に他の人の幸福を 妨げるものであってはいけないのであります。 でないと、その享楽が悪になります。 さらに、人を喜ばせて、自分がまた、 その人とともに喜ぶということが いちばん尊いことなんだ。 中村天

 
 
 
同情が礼儀ではない

8/22  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 病気を心配している者、 あるいは運命に泣いている者、 恋に悩んでいる者がいると、 そこに行って、 理由のない相槌(あいづち)を 打つことによって、 何か人間としての、 お互いの交わりに対する義務のようなものを 感じる人がある。 同情することが礼儀だと思っている人がいる。 しかし、それはまったく毒汁を 浴びせかけていることと同じなんですよ。

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page