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同情が礼儀ではない


8/22 


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病気を心配している者、


あるいは運命に泣いている者、


恋に悩んでいる者がいると、



そこに行って、


理由のない相槌(あいづち)を


打つことによって、



何か人間としての、


お互いの交わりに対する義務のようなものを


感じる人がある。



同情することが礼儀だと思っている人がいる。



しかし、それはまったく毒汁を


浴びせかけていることと同じなんですよ。



本人の運命に対して、本当の真心から


目を醒まさせてやる努力をする人こそ、


尊い存在なんです。



中村天風




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▼真の同情ある言動とは


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


「箴言注釈21」現代語表記版より引用抜粋)


※『叡智のひびき』箴言21に該当。



病や不運に脅かされたとき、


これを克服するのに何よりも必要なものは、


心の力である。



その心の力なるものが、


ひとえに元気であるという心の態度、


言い換えれば精神生活態度が


積極的である場合にのみ、



如実に煥発(かんぱつ)されるという


厳格な宇宙真理が存在するからである。



真の同情ある言動とは、


必ずその人に善導的結果を与えるもので


なければならない。



その心を力強く元気づけて、


まずストレス状態から


救い出してやることである。



それには、何をおいても、


消沈した意気=落ちている元気を


引きたてるための鼓舞と奨励とを


現実にするような言動を必要とする。



ただしその場合、


くれぐれも注意しなければならないことは、


常に深切に、


すなわち深い思いやりで接する心を


基本とすることである。




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■ 8月の天風箴言


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人生は儘ならぬ世界と正念すれば


不自由や不満というものを


少しも苦悶で感じなくなる

 
 
 

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