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神仏というもの

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私は、神仏というものの存在を、


第二義的に人生を考える者には


必要かもしれないが、



自分自身を真理に沿って


正しく生かす者に対しては、


何ら顧みる必要のない存在だという


大きな確信のもとに生きております。



私も先祖は敬いますよ。



けれど、私は科学文化の先端に常に


自分の人生に対する理解を求めている者です。



したがって、


私の目には見えもしない抽象的な、


何だかわけのわからない


神なんてものや仏というものを


あてに生きておりません。



中村天風




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▼天風哲学の「神」「仏」


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(以下、『成功の実現』第6章より引用抜粋)



神や仏というものは


宇宙真理の代名詞なんだから、


これは崇め尊ぶべきものだ。



「我れもし行きずり神に会いなば、


何事も祈らじ」



これが天風哲学だ。何も祈らない。



「生まれたとき、


この命のなかにいろいろと大きな力を


お与えくださってありがとう存じました」と。



後はもらった力で、自分が自分自身を


守っていけばいいだけなんだ。




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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである


 
 
 

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