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幸福のるつぼの中で活きる

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自分の住む現在の人生環境や、また世界を、


いやらしいとか、


いとわしいとか思うような人、


あるいは健康に快さを感じない人があったら、


その人くらい不幸を人生に感じている人は


ないといえる。



反対に、現在の自分の住む世界や環境が、


たとえ他人から見てそう大したものでないと


思われるようなものでも、



自分が心の底から本当に満足し、


感謝して活きているとしたら、


その人は終始一貫、幸福のるつぼの中で


恵まれて活きている人である。



中村天風




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▼今、生きていること


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(以下、杉山彦一著『いのちを活きる』


第7章より引用抜粋)



太平洋戦争の時、私の乗り組んだ戦艦伊勢に、


百機ものアメリカの艦載機が襲いかかった。



投下する爆弾による巨大な水柱の林に、


艦は覆われた。



僚艦※は、伊勢は撃沈されたと見た。



だが伊勢艦長の卓抜な操艦により、


伊勢は一発の直撃弾も受けることはなかった。



激しい、そして長い一日の戦闘が終わり、


夜になった。


寝る時、兵隊は「明日の朝、


目が開きたいもんだな」と、つぶやいた。



朝が来た。



「目が開いた。生きていたぞ」と、


兵達は手をとりあい喜んだ。


生きているということは、歓喜であった。



砂漠を旅した人は、一杯の水の尊さを


しみじみと実感することであろう。



生命の極限を体験した時、


命あって生きていることの有り難さを、


痛切に実感する。



生きているということは、嬉しいことである。


素敵なことである。



※僚艦:


同じ任務に就いている、味方の軍艦



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【書籍ページはこちら】


▼杉山彦一著『いのちを活きる』





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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである


 
 
 

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