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理想的な人間生活

6月9日
読了時間: 2分

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私はあえて断言する。



人がなんと言おうと、


この世の人々のすべてが、


旧来のとらわれた、


しかつめらしい道徳観や倫理観から離れて、



人間の生物的本能である感覚的享楽を、


他の人の幸福を妨げない範囲で喜び、


楽しめるように心がけるならば、



そこに期せずして、人々の生きがいある、


楽しい、のどかな、理想的な、


本当の人間の生活ができると、


こう確信したのです。



中村天風





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▼感覚的な喜びは、生きる命に価値を与える


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(以下、『盛大な人生』第4章より引用抜粋)



人間が精神感覚であろうと、


肉体感覚であろうと、



感覚的な喜びを感じるということは、


人間の生命の本能じゃないですか。



チョイと物を食べるのでも、


うまいものよりもまずいものを


食べたいかい?



塩あんばいの舌つづみうつようなものを


食べさせられたときよりも、


砂利を食ってるようなもののほうが


おいしいかい?



理屈ぬきでお考えなさいよ。



精神的感覚であろうと、


肉体的感覚であろうと、


ああ楽しいな、うれしいな、ということを


感覚したときの方が、



生きる命に本当に


価値を与えることになりゃしないかい。




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■ 6月の天風箴言


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模倣も極致に到達すると真実と同様になる 


従って「善」なる事は極力模倣すべきである


 
 
 

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