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無私無我の生活

1 日前
読了時間: 2分

9/20 


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現代のような物質偏重の時代であっても、


人生の根本哲理は、



自我を本位としない生活こそ


真の人間に与えられた最高至純の


合理的なものであるということに、


何の変わりもないのである。



いいかえれば、


人間は無私無我の生活を本位として


活きてこそ、



ほんとうの人間としての幸福


―健康と長寿とよき運命―


を求めなくても恵まれるというのが、



この世ある限りいささかも変わることのない、


人生に賦与されている宇宙真理なのである。



中村天風




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▼私心なき言動


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


「箴言註釈7」現代語表記版より引用抜粋)


※『真理のひびき』箴言7に該当。



人と人との世界に生きている我々人間は、


どんな場合にも、お互いの間柄を、



日常いかなる場合にも、


偏りのない美しい愛情と、真の誠実さを


その心として、尊い思いやりで


助け合うという、



いわゆる文字通り親切本位の共存が、


最高の理想であらねばならない。



それを真に現実化するのに必要な先決要項が、


私心なき言動である。



私心なき言動とは、報酬をあてにしたり、


自分の言動を


相手に恩を感じさせようとするのでは、


全くその意味がなくなってしまう。



禅の教えの中にも、


「施して報いを求むることなかれ」と


いうのがある。



また有名な人生修養の道を説いている


中国古代の名著といわれる


『菜根譚(さいこんたん)』にも、



「功名富貴の心を放ち得下して


すなわち 凡を脱す可し」


というのがある。



この話は詳しくいえば、


「人間がこの世に生きるのに肝心なことは、


みだりに功名や、富貴の欲望に


心を捉われないことである。



そうすれば、健康も、長寿も、


さらに幸運をも、



自然と求めなくても恵まれる真人となり得る」


という、


厳然たる宇宙真理を明言したものなのである。



宇宙真理というものは、


断固として絶対の実在である。



絶対のものは、いかに時勢が変遷し、


どんなに世相が移り変わっても、


決して変わらないものである。





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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである

 
 
 

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