理性の限界
- bonaondo

- 11 分前
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現代の人々は
理性に事物を判断する力があるという点を
極端に尊重し過ぎる傾きがある。
しかし、理性というものは、
心性意識の発達に伴って発達する
理智から発生するものであるから、
理性そのものにも昨日と今日との間に
相当な進歩をするという実際的変化がある。
したがって、
われわれが理性を無上のものとして
尊重し過ぎることは決して賢いことではない。
まして人生の万事を
理性に全部依存せしめるという態度は
はなはだしい誤りである。
中村天風
※心性意識:精神生命に存在する
理性心から発動する意識
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▼豊かな実生活は理性の咲かせた花
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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された
『研心抄』現代語表記版第5章から引用抜粋)
私はただ一概に
理性を排他するものではないということを、
くれぐれも念を入れてお断りしておく。
事実において、
今日吾々が吾々の実生活の上に
多大な恩恵を受けている知的事業や
価値ある発明や貴重な発見または創意は、
何れもほとんどこの心性意識の発達と共に
向上し進歩した、
いわゆる理性の咲かした花であり、
またその実りでもある。
従って我々は無論この理性なるものの
力と働きとに対し、
心より感謝と賛辞とを捧げなければならない。
がそうかといって
ただこれだけを極端に信頼、依存して
活きると、
未だかつて経験しなかった
新しい難問題などに直面した際、
もしも賢明な知恵や分別が出ないような場合、
非常に筆舌に表しがたい失望と煩悶に陥り、
ついには焦燥苦悩という
肉体に感覚する苦痛よりも、
ある意味においてはより以上といってよい
精神的苦みを味わうという羽目に
陥ることになる。
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■ 9月の天風箴言
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日常生活を行う際
能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは
人生の最も尊といことである

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