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理性の限界

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現代の人々は


理性に事物を判断する力があるという点を


極端に尊重し過ぎる傾きがある。



しかし、理性というものは、


心性意識の発達に伴って発達する


理智から発生するものであるから、



理性そのものにも昨日と今日との間に


相当な進歩をするという実際的変化がある。



したがって、


われわれが理性を無上のものとして


尊重し過ぎることは決して賢いことではない。



まして人生の万事を


理性に全部依存せしめるという態度は


はなはだしい誤りである。



中村天風



※心性意識:精神生命に存在する


理性心から発動する意識




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▼豊かな実生活は理性の咲かせた花


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


『研心抄』現代語表記版第5章から引用抜粋)



私はただ一概に


理性を排他するものではないということを、


くれぐれも念を入れてお断りしておく。



事実において、


今日吾々が吾々の実生活の上に


多大な恩恵を受けている知的事業や


価値ある発明や貴重な発見または創意は、



何れもほとんどこの心性意識の発達と共に


向上し進歩した、


いわゆる理性の咲かした花であり、


またその実りでもある。



従って我々は無論この理性なるものの


力と働きとに対し、


心より感謝と賛辞とを捧げなければならない。



がそうかといって


ただこれだけを極端に信頼、依存して


活きると、



未だかつて経験しなかった


新しい難問題などに直面した際、


もしも賢明な知恵や分別が出ないような場合、


非常に筆舌に表しがたい失望と煩悶に陥り、



ついには焦燥苦悩という


肉体に感覚する苦痛よりも、


ある意味においてはより以上といってよい


精神的苦みを味わうという羽目に


陥ることになる。




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■ 9月の天風箴言


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日常生活を行う際


能う限り「善」なることを行おうと心かけるのは


人生の最も尊といことである

 
 
 

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