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無意注意と有意注意

3月22日
読了時間: 2分

3/22 


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注意というものには、


1.無意注意と


2.有意注意


という二つの区別がある。



第一の無意注意とは、


特に意識を用いて注意を振り向けようと


しないでも、



自然的に注意の注がれる


心的状態のことなのである。



第二の有意注意というのは


これと全く反対なので、



すなわち特に意識を用いて


自己の特定した事物に向って


注意を振り向けるという、



言い換えると能動的の注意状態を


いうのである。



われわれの訓練を現実に必要とするのは


第二の有意注意なのである。



中村天風




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▼有意注意で物事に取り組む効果


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(以下、『心を磨く』第3章より引用抜粋)



有意注意は、意志を用いて。


自己の特定した事物に向かって、


注意を振り向ける、いわゆる自動的注意だよ。



気を打ち込んで、


心を使うという心がけで人生を生きていると、


自然と物覚えもよくなりゃ、


忘れっぽい人間が忘れなくなる。



ものごとをするときに、


念を入れてやる、やらないだけで、


それが長い間の月日の間に、



その人間の心の持っている観察力や、


連想力や、記憶力というようなものを、


ぐんぐん豊かなものにしてくれる。




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■ 3月の天風箴言


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調和という事は真善美の美に該当するもので 


それは 探求すべきでなく作為すべきである

 
 
 

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