悟りについて
- bonaondo

- 15 時間前
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悟りというのは、
自分の心が真理を感じたときの状態を
いうのである。
したがって、真理を、
自分の努力で自分の心で感じるのも、
人の悟りを耳から聞いて
自分の心に受け入れるのも、
受け入れ方に相違があるだけである。
受け取ってしまえばその結果は同じである。
真理を受け入れるときの心の態度が、
悟りを開く上に密接な関係があるからこそ、
安定打坐で心をきれいにさせているのである。
中村天風
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▼心の雑念妄念が、真理を悟る邪魔をする
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(以下、『運命を拓く』
「真理瞑想行について」より引用抜粋)
人間は、この世に生まれ出た時から、
絶えず真理に接し、
真理の中で生きているのである。
しかし、真理の中にいながら、
この真理をなかなか自覚することが
できないのは、
要するに心の中に
雑念妄念があるがためであり、
本当に心が清い状態であれば、
真理はすぐに発見できる。
安定打坐という特殊な方法を行うと、
雑念妄念が次第に心の中から消え去っていく。
そうすれば、しいてたいした努力や、
いわゆる難行苦行などをしなくても、
心が真理と取り組んでいこうとする
傾向に自然になるので、
悟りが開けてくる。
その結果、心が自然に即応して、
迷いも疑いもなくなり、
磨きたての鏡のようにきれいなものになる。
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■ 2月の天風箴言
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時は金なりという諺があるが 真実に於て
時は 金よりも遥かに貴重な尊とさがある

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