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平然自若(へいぜんじじゃく)の精神

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どんな大事に直面しても


どんな危険な場合に直面しても、



心がいささかもそれによってあわてたり、


あるいは恐れたりあがったりしない、



いわゆる平然自若として、


ふだんの気持ちと同じように


これに対処することができる状態。



どんな目にあっても、


どんな苦しい目、


どんな思いがけない大事にあっても、



日常と少しも違わない、


平然としてこれに対処する。



これが私の言う


積極的精神なんであります。



中村天風



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▼絶対的積極と相対的積極の違い


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(以下、『心に成功の炎を』第2章より


引用抜粋)



私が教える積極精神というのは、


消極というもの相対した積極でなくして、


絶対的な積極のことなんです。



相対的積極の意味は、たとえば肉体でいうと、


外界からいろんな刺激がくる、


痛いとか暑いとか寒いとかいったような


刺激を受ける。



あるいは、怒ったり、悲しんだり、恐れたり、


いわゆるエモーション、消極的な感情です。


そういうものが心の中に起こる。



それに対して、これに負けまいとする気持ち、


これは相対的積極なんです。



これは日常、対人関係でもあるでしょ。


「あいつだけには負けたくない」とか


よく言ってるね。



日常の仕事、勉強をする場合だって、


あるいは、


スポーツなんかでも、勝負ごとなんかでも、



なんとかして勝ってやろう、


負けまいと思っている。



なにかの対象に対して、心に張り合う気持ち、


対抗する気持ちがあるからだろ。


だから、これは相対的な積極なんだよ。



これに対して絶対積極とは、


これに張り合おうとか、


対抗しようとかする気持ちが全然ないんです。





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■ 8月の天風箴言


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人生は儘ならぬ世界と正念すれば


不自由や不満というものを


少しも苦悶で感じなくなる

 
 
 

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