「不断」と「ふだん」
- bonaondo

- 11 分前
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昔からの訓話に「行修は不断であれ」
というのがある。
この「不断」という文字は、
日常のことを「ふだん」というのと
同意義に解釈すべきで、
すなわち行修はすべからく、
日常の生活行為であるべしという意義に
他ならずであります。
中村天風
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▼心身統一法=日常生命道
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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された
「箴言註釈10」現代語表記版より引用抜粋)
※『叡智のひびき』箴言10に該当。
心身統一法の中で、
特別な時間がないと
心がけても行うことのできない方法が、
何か一つでもあるかね?
特にプラナヤマ法の如きは、
何をしているときでも行えるではないか。
歩いていても、座っていても、
話をしていても、
仕事をしていていも…。
人間はどんなときでも、
生きている間は呼吸をしているではないか。
呼吸をしている以上、その呼吸の仕方を、
プラナヤマ法にして
活力を吸収することくらい、
何の手間ひまもいらず、
一日に何百回でも行えるではないか。
心身統一法=日常生命道というように、
極限すれば寸刻分秒の間といえども、
全ての方法(心の活かし方または使い方、
及び肉体の活かし方、使い方等々)を
真剣に実行することに専念努力しなさい。
そうすれば、僅(わず)かの月日の間に
自分でも驚くほどの価値高い変化を、
精神にも肉体にも必らず
見出すことができるから。
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■ 8月の天風箴言
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人生は儘ならぬ世界と正念すれば
不自由や不満というものを
少しも苦悶で感じなくなる
▼天風箴言の解説は、
公式HPでご覧いただけます

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