情味を物質に求めない8/24 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 真に活きがいのある人生に活きようには、 何としても、我々は、 自分の人生生活の中の 情味というものを味わうということを 心がけるべきである。 否、厳格にいえば、 この心がけを欠如した人の人生は、 いかに地位ができようと、 また仮に富を作り得たとしても、 しょせんは、無意義で、空虚で、 荒寥(こうりょう)たるものになる。 多くの人の特にいけな
喜びの厳格な規格8/23 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 私の言う喜びは、 そこに厳格な一つの規格があるのです。 その規格というのは難しくも何ともないの。 すべてのいかなる種類の享楽にせよ、 それが絶対に他の人の幸福を 妨げるものであってはいけないのであります。 でないと、その享楽が悪になります。 さらに、人を喜ばせて、自分がまた、 その人とともに喜ぶということが いちばん尊いことなんだ。 中村天
同情が礼儀ではない8/22 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 病気を心配している者、 あるいは運命に泣いている者、 恋に悩んでいる者がいると、 そこに行って、 理由のない相槌(あいづち)を 打つことによって、 何か人間としての、 お互いの交わりに対する義務のようなものを 感じる人がある。 同情することが礼儀だと思っている人がいる。 しかし、それはまったく毒汁を 浴びせかけていることと同じなんですよ。
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