無意注意と有意注意3/22 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 注意というものには、 1.無意注意と 2.有意注意 という二つの区別がある。 第一の無意注意とは、 特に意識を用いて注意を振り向けようと しないでも、 自然的に注意の注がれる 心的状態のことなのである。 第二の有意注意というのは これと全く反対なので、 すなわち特に意識を用いて 自己の特定した事物に向って 注意を振り向けるという、 言い換え
大定心(だいじょうしん)3/21 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「大定心」というのは、どんなとき、 どんなことにも、いささかも動揺せぬ心、 いいかえると、いかなる場合にも、 怯(お)じず、怖れず、急がず、焦らず、 いつも淡々として 極めて落ち着いている心である。 これをもっと適切な状態でいえば 「何事もないときの心と同様の心の状態」 である。 あの古い句で有名な 「湯上りの気持ちを欲しや常日頃」 というの
敵をも味方にする3/20 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 天風道で言う、いわゆる絶対的な積極心が、 あらゆる敵をも、 いわば即座に味方にしえたという、 これが心の力の実際的な証拠であります。 心の力が勝れば、 敵をも味方にすることができるんです。 ましてやいわんや戦もないこの現代。 私はいつも言うでしょう、 憎い人があろうはずがない。 あなた方がなにか憎らしいことを 考えているだけだ、と。 凡人は敵
コメント