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食物について

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厳格にいえば、食物はでき得る限り


「自然のまま」から遠く離れぬものを


摂取するのが最も合理的なのである。



だからあえて粗食をのみする必要はないが、


要は普通程度で植物性食物を


本意とするべきである。



中村天風



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▼粗食と美食


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(以下、南方哲也著『天風入門』第6章


 より引用抜粋)



粗食と美食のどちらのほうが


栄養があるかというと、


意外なことに美食には栄養効果が少なく、


むしろ粗食のほうが健康には良いのです。



というのも、一般的な美食は


食品が過度に調理されるため、


必然的に養分が失われてしまうからです。



野菜など、生で食べられるものは、


そのまま加工せずに


果物と同じように食べるのが理想的です。



現代人の食事は、


本来の目的である肉体の回復よりも


「食欲を満足させる」という、


享楽的な目的で調理されています。



その結果、


食物本来の滋養分が失われるとともに、


美味に食欲が誘惑され、


どうしても食べ過ぎることになります。



無病、長寿のためにも、


食事はできるだけ「生」「植物食」を


心がけましょう。




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■ 4月の天風箴言


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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様


心かけると 


ドレダケ心に余裕が出来るか分らない

 
 
 

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