top of page

自然は命の故郷

6/28 


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



多くいうまでもなく人間は、


自然の中に自然の力で


その生命は活かされている。



この事実を、哲学的に形容すれば、


人の命は、自然というものを


その故郷としているといえる。



と同時に、科学的に論断すれば、


自然というものは、一切の生物の


生命のエレメントを為すものだといえる。



中村天風




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼自己の生命の中に幽玄微妙な働きを


 有する「自然」をもっている


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、『哲人哲語』


「統一式の修練ということの真義」より


引用抜粋)



自然というものは、


生物の生命の外部にあって、



その生命を護(まも)りまた護るためへの


各種作用を作為すると同時に、



もう一つの大なる注意を喚起される認識は、


自然は生命の中にも厳として


存在しているということである。



言い換えれば、


吾々の自己の生命の中にも


幽玄微妙な働きを有する


「自然」をもっているということである。



そして完全人生の建設の基礎を為す


各種の生命力(体力、胆力、判断力、断行力、


精力、能力等)は、



この生命に内在する「自然」の力を、


極めて均等に生命の全般=心身全体に


行渡らせてこそ始めて



理想通りに充実せしめ能うものであるという


普通の常識では考えられていない


不可犯の宇宙真理があるのである。




□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 6月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



模倣も極致に到達すると真実と同様になる 


従って「善」なる事は極力模倣すべきである


 
 
 

最新記事

すべて表示
「行」とは何か

6/29  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「行」なるものは決して特殊の方法や手段を、 特定の時間や場所で、 特別に行うことではなく、 その方法や、その手段そのものが、 そのまま自己の生命を活かす方法に なっていることで、 これを客観的にいえば、 その方法や手段で その人はその生命を生活せしめて、 その生命を確保しているということに なるのであります。 中村天風 ━━━━━━━━━━

 
 
 
見えなくてもある

6/27  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 科学的教育を受けた者は、 感じないもの、見えないものはないものだと 思っている。 すぐに「証拠は?」と聞きます。 第一、我々の生きている現在の大気の中には、 酸素、窒素、その他の我々の生命活動を 力づけるに必要な要素が 存在しているということは、 だれにも見えやしない。 それでも、見えなくたって、 あると信じていますよ。 「証拠は?」とは言

 
 
 
「悩み」と縁を切るために

6/26  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ およそ「悩み」ほど、 人生を暗くするばかげた心理現象はない。 ところが大抵の人は、 悩みを持たない人間などいるはずもない という誤った考えを持っている。 これこそが、取り越し苦労、 あるいは消極的な思考や感情を 常とする証拠でもあろうが、 人間の心には、 その統御が完全でありさえすれば、 すなわち、真理に合致して 積極的でありさえすれば、

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page