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自己陶冶(とうや)の必要性

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年12月3日
  • 読了時間: 2分

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■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



12/3 自己陶冶(とうや)の必要性


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人々のもつ煩悶とか苦労というものを


観察すると、



大部分は動物的の欲心かまたは感情念が、


その原因をなしているのがすぐわかる。



しかるにいったん自己陶冶が


正当に施されると本能心が整理されるために、



こうした動物的欲心や感情念の発動が


著しく減少し、


したがって在来感じた煩悶や苦労もまた


目立って減少してくるのである。



要するに


自己陶冶が人生に必須なる所因理由は


実にこの点に存するといってよい。



中村天風



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天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『研心抄』第7章です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『研心抄』





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▼どうすれば本能心を整理できるのか?


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(以下、『信念の奇跡』第11章より


 引用抜粋)



どうすれば低級劣等な本能心を


完全に整理することができるのか。



それはなにも難しいことではなくて、


まず平素使う「言葉」と「態度」を


できうるかぎり、



積極的にするように


真剣に心がければいいんです。



自分の心に本能心の中の


低劣な欲念や感情が発動しても、


断然それを言葉や態度に表現しないように


注意に注意して努力するんです。



この実際方法が、「積極観念の養成法」だ。



現代人の多くは、


この本能心を統御するのに、


理性の力で統御しようとする。


これがいけないんです。



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【書籍ページはこちら】


▼『信念の奇跡』


 皮革版




 机上版





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■ 12月の天風箴言


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人生に最も注意すべき事は


得意の時は一しほ


心の備へを緩めぬよう心かけることである



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




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