聖賢(せいけん)というものは
- bonaondo

- 21 時間前
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すぐれし人、言い換えると、
すべての真理を知っている聖賢というものは、
心がただ単に積極的であるばかりでなく、
本当の心の強さの中に
「気高さ」をもっている人のことなんだ。
心の中の気高い強さというのは、
結局要するに、
卑屈にやせ我慢で
強さをつくろうとするのでなくて、
淡々として、少しも気張らずに
強くなり得ていることをいう。
だから、すぐれし人には
絶対に不運というものはこない。
中村天風
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▼クンバハカ法で深い落ち着きをつくる
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(以下、杉山彦一著『いのちを活きる』
第8章より引用抜粋)
外的及び内的の刺激があっても、
クンバハカ体勢をとると、
感情や思考が動揺することはない。
「虚心平気」という語がある。
「虚心」とは、こだわりやとらわれのない
素直な心をいう。
「平気」とは、
消極的な感情や思考で
心の中に波立ことがない、
気持ちの平静さをいうのである。
クンバハカをすると、
刺激により気持ちがかき乱されることがない。
またうろたえることもなく、
落ち着きを確保できる。
この状態を「泰然自若(たいぜんじじゃく)」という。
驚かず、あわてず、落ち着いた様をいう。
クンバハカ法は、落ち着きのある、
悠々として泰然とした人物を創る方法である。
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■ 4月の天風箴言
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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様
心かけると
ドレダケ心に余裕が出来るか分らない

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