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感覚器官を正確に使う

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我々の人生の周囲に存在する


すべての事柄は、



取り入れ方がよけりゃ、


我々の心の力を


非常にすぐれたものにするけども、



反対に、同じものでも取り入れ損なうと、


抗議の方面へと働きだすんですよ。



外界の印象を取捨分別することは


言葉を換えていえば、


感覚器官を正確に使用することなんだ。



そうしてはじめて


本当にすぐれた勘の力がでてくるんです。



中村天風




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▼感覚器官を正確に使用する習性をつける


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(以下、『心に成功の炎を』第6章より


引用抜粋)



どうすれば感覚器官を正確に使用する習性を


現実につけられるか。



諸事万事に応接するときに、


「はっきりとした気持ちでやる」


ということなんだ。



何事に対しても、まずそのものの中から


何かの興味を見いだすか、


またはつくりだすかして、



どんな興味のないものに対しても、


必ず意識を明瞭にして


応接する習性をつけるようにする。



もっとわかりやすく言えば、


何事をおこなう際にもけっして


「なに気なしにおこなわぬ」ことを心がける。



これを有意注意力というんだが、


これが習性化されてくると、


自然と注意が注がれる範囲が


拡大されていって、



一度に多数または多方面に


自分の注意を困難なく


ふりむけられるようになってくる。



言いかえると、


やたらにくだらない不必要な消極的観念が


心の中を占拠して、



有意注意力を攪乱(かくらん)すると


いうことがなくなってくる。




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■ 8月の天風箴言


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人生は儘ならぬ世界と正念すれば


不自由や不満というものを


少しも苦悶で感じなくなる

 
 
 

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