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人生の不幸の原因

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人生の不幸というようなものは、


他から降ってわいてくるように、


自分の人生に飛び込んでくるもんじゃ


ないんだ。



いつもよく吟味してみると、


人生の不幸というものは、


自分が知る知らざるとを問わず、



自分自身が原因となっているという


内的事情が発見されます。



この内的事情を発見しないと、


何か思わざる不幸が出てくると、



その原因は他にありと考えてしまい、


その不幸に処する場合に、


自己に責任観念がないから、



どうしても自分というものを


その不幸の淵から


救い上げることができないという、


ひどい結果がきてしまう。



中村天風




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▼悩みは悩みとしない蕃山の生き方、


 その言葉を自己訓言とする


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(以下、『心に成功の炎を』第9章から


 抜粋引用)



自分の心が不幸と感じなかったら


不幸にならないはずだ。



熊沢蕃山(ばんざん)という人が、


「憂きことのなおこの上に積もれかし、


限りある身の力試さん」といった言葉。



凡人から見れば、


ずいぶんそれは憂きことだらけのように


見える人だったんだ。



親一人、子一人の境涯で食うにも困っている、


人の田地田畑を耕やしてる小作人だよ。



しかも水呑百姓で一生終わる覚悟だったら、


大した苦しみもなかったでしょうけども、



それでもなおかつ、


学問してえらい人間になりたい、


せめては現在よりも賢い知識を得たいという


求める気持ちをもってたために、



与えられるものが少ない場合における悩みは


ずいぶん大きなものだったろうと


思うけれども、



それを悩みとしなかったんだから、


あの人は悩みを知らなかった人だと


いっていい。



こういった事実のうえから考えてみると、


なるほど、不幸だとか幸福だとかいうのは、


その人の考え方だもんね。



考え方が人生を幸福にもし、


不幸にもするという点から考えりゃ、



人生の不幸は我自らが生んだんだという


言葉に間違いないでしょう。



これは常に私が自分自身を、どんな場合でも、


ああ、恵まれてるなあ、幸いだなあと


思わせしめてくれて、



今日までずうっと、いつも感謝の


捧げきれないほどの楽しみで生きてる、


一番尊い、私への自己訓戒なんです。




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■ 7月の天風箴言


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どんな場合にも慌てない人となるには


平素の言動を 出来るだけ落ちついて行う様


心かけるべきである

 
 
 

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