top of page

ただ喜びに生きる

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年7月9日
  • 読了時間: 2分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



7/9 ただ喜びに生きる


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



人生の価値の主題は、そも何であろうか?



天風はあえて昴然(こうぜん)と断言する。



曰く「いかなる場合にも、


心に喜びを感ぜしめて生きる。



換言すれば人生の一切のすべてに対して


喜びに生きること、


ただこれ一つだ!」と…。



これは、ただ単なる感覚的に


快さを感じ得るであろうからの


言葉でもなければ、



またそう考えることの方が、


そう考えない反対の考え方より


何となくうれしいものに


思えるからというような、


単純な考え方から割り出したものでもない。



中村天風



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は『哲人哲語』


「人生生活とその価値の主題」です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『哲人哲語』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼心に喜びを感ぜしめて生きることは


 生命の本来に則する


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、『哲人哲語』


「人生生活とその価値の主題」から引用抜粋)



我々の人生があまりにも切実な、


苦悩の娑婆ともいえる状態であるからこそ、



人生は、いかなる場合にも、


失望や落胆、煩悶、焦燥を乗り越えて



常住努めて、


心に喜びを感ぜしめて生きることこそ、



それが人生生活を生命の本来に則して


完全に営もうという正念願に対する、



ただ一つの正しい尊い価値だと


敢然(かんぜん)として断言する。



諸子の日常の人生信念とするべく、


あらためてそれを正しく認識すべしと


絶叫する次第である。



--------------------------------



【書籍ページはこちら】


▼『哲人哲語』





□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 7月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



安定打坐法は正当なる思慮と


断定とを生み出す絶対的密法


であるから其心して践行に努力すべし



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
初一念貫徹による成功

1/29  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 東洋の豊臣秀吉、西洋のナポレオンは わずかな年月のあいだに 立派な兵馬の権を手にして 天下に君臨しております。 また、フランクリンやワットや エジソンのごとき、 偉大な発明や発見をあえてした人々は いずれも心の態度が積極的でありました。 ですから、 どんな艱難辛苦(かんなんしんく)に 遭遇しても、 不撓不屈(ふとうふくつ)、 その強い心で何

 
 
 
 時は金よりも貴重なり

1/28 時は金よりも貴重なり ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 事実を慎重に考察すると、 極言すればあくびする時間も、 くしゃみする時間も とりかえせないのである以上、 瞬間といえども 軽々に徒費(とひ)すべきでなく、 心として有意義に使って活きるべきだと 厳かに自戒していただきたい。 そしてここに、 時は金よりも貴重なりという真の意義も はっきりとわかってくると思う。 中村天風 ━

 
 
 
人間に年齢はない

1/27  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ いいですか、私はね、 人間に年齢はないと思っています。 年齢を考えるから年齢があるように 思うけれども、 六十、七十歳になろうと、 自分が十七、八歳時代と考えてみて、 違っているのは体だけ。 そして、もう一つ違っているのは、 心のなかの知識だけの話で、 心そのものは ちっとも変わっていないはずです。 ですから、四十や五十はもちろん、 七十、

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page