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俗物

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感情の統御が完全にできず、


わがまま気ままな、自分勝手な、


独りよがりの気持、


否、感情本位で人生に活きている人は、


どんなに事業的に成功したように見えても、


また客観的に偉そうに見えても、


真理の目から見ると、


ただ一個のエゴイスティックな


卑しい下等な俗物としか考えられない。


中村天風


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▼わがままな感情、うぬぼれ慢心を


 心から払拭しよう


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(以下、『哲人哲語』『「惑」の解』より


引用抜粋)


私が「人間は感情の動物なり」と


世人が何の不思議もなく


言い慣らしている言葉を、


決して人間への正しい形容ではない、


真理の上から厳粛にいえば


「人間とは感情を自由に統御し得る生物なり」


というべきだと主張するのも、


けだし、「思惑」=感情から発因した


迷妄の然(しか)らしめている結果を


心の中から完全に除去し得ずにいるという、


一大事実があるからである。


修養彼岸の第一眼目は、


まず自我を本位としたわがままな感情と、


おれが自分がといううぬぼれ慢心という


卑しい心情を心から払拭(ふっしょく)し、


「思惑」を心にもたせぬように


することである。


この一事がよく完全に解決されない限りは、


たとえ一時的に、


人生に何もの何事かを得ても、


早晩その末路は憐れなもので


その一生を終えることとなるのみである。


誠に、悟らざるべからざるものは


「惑」なるかなである。




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■ 5月の天風箴言


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何人も 成功を希望して居りながら


案外否らざるものの多いのは 其心に


積極性のものが 欠けて居るからである

 
 
 

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