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不偏愛

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年9月21日
  • 読了時間: 3分

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■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



9/21 不偏愛


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「不偏愛」とは何を意味するかというと、


率直にいえば何ものをも憎まざる


公平無私の純正なる愛情をもって、



人にも物にも、


否、ありとあらゆるいっさいに平等に、


相接することである。



それは繚乱(りょうらん)たる陽光と同様に…。



しかも、この不偏愛の実行ということは、


ただ単に唯善践行の秘訣であるばかりでなく、



厳格な意味からいって、


真人生の本来の真の面目なのである。



だから、万一愛の情けに偏りがあるのでは、


ほんとうの人といえないのである。



中村天風



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天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『真理のひびき』箴言23です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『真理のひびき』





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▼愛情に偏りを生ずるのは、


心に好悪の感情の激しいものがある結果


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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


「新箴言註釈23」現代語表記版より引用抜粋)


※『真理のひびき』箴言23に該当。



愛情に偏りを生ずるのは、


その人の心に好悪の感情に激しいものがある


結果なのである。



好悪感の感情の激しい人は、


我がままで自制を欠いた


自分勝手な心のために、


知らず知らず自分自身を委縮させ、



その人生がついには自らの言動で


身動きがつかなくなるというジレンマに陥る。



好悪の差別感をはなはだしくもつ人は、


自分もまた他人から同様に好悪される。



好悪感から脱することができて


人に好かれる人になれば、



人生は平らな砥石(といし)のように平坦で、


思うままの満ち足りた人となれる。



人というものは、知識や経験や能力等が


いくら優れていても、


人に好かれる要素に欠けていたのでは、



人と人との間にあって生存し生活する、


いわゆる人間としての存在資格を


確保することは到底難しい。



偉く優れている人が、


なぜ大した出世も成功もしないのか・・・


それを何か不運のように思う人もあるが、



結局は人に好かれる要素に欠けていることが、


その大きな原因として見つかるに違いない。



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【書籍ページはこちら】


▼『真理のひびき』





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■ 9月の天風箴言


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真の平和の世界を作為せんと欲するものは


先づ個々の家庭平和を確立することを実行すべし



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




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