鼓舞奨励を望むは恥
- bonaondo

- 6月2日
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人を鼓舞奨励することは非常に尊い。
しかし、人から鼓舞されたいとか、
奨励されたいとかいうふうに望んだならば、
これはもう恥であると同時に、
人間としてさもしい心がけだと思え。
中村天風
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▼報償を目的とするような心持ちが
発生したら
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(以下、機関誌「志るべ」に掲載された
「箴言註釈2」現代語表記版より引用抜粋)
※『叡智のひびき』箴言2に該当。
もしもいささかといえども
報償を目的とするような
凡人俗人の卑しい心もちが発生したならば、
そのときは、
「箱根山、駕籠(かご)に乗る人担ぐ人、
そのまた草鞋(わらじ)を作る人」という
歌を思い出すがよい。
そうすればこの世の中に活きていくには、
如何に偉くなっても
自分一人で生きられるべきものではなく、
他人あっての自分、自分あっての他人と
いうことが理屈でなく感じられ、
その感じた心が良心に感応すれば
報償を超越した責務感となり、
更にその責務感がまごころとなって発露する。
※報償:徳のむくい。
この意味では一般には
報奨・褒賞の意味
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■ 6月の天風箴言
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模倣も極致に到達すると真実と同様になる
従って「善」なる事は極力模倣すべきである

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