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苦しむこと

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一体現代の多くの人は、


人間というものが苦しむことによって


偉大になり、



同時に苦しむことによって尊いものを認知し、


尊いものを知り得てはじめて


真に尊くなり得るのであるということを、


知らないようである。



しかもそれが求めることより


願い続けることから


作為されるということを…。



中村天風




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▼たのしむ心持で尊いものを求める


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(以下、『哲人哲語』「和の義」より引用抜粋)



自己の本能や感情の欲する満足のみを、


ひたむきに求めている


…そうある事が現代に人として活きるのに


当然の事の様にさえ考えて…



という心もちは、


虫けらや鳥や獣でももっている。



同じ求めるのなら、


人間だけしかもっていない、



何ともいえない頭の下がる尊い心から


為される消息や事実というような


尊いものを求めるべきではないか。



そして、尊いものを求める時は、


満足を求める代りに


高貴なものを思いかつ行う事を


ただたのしむという心持をもつ事である。



極言すればたのしむ心持で思い行い、


万一その時に大なり小なりの


随伴する苦しみがあっても、



なおかつそれをたのしみに振りかえるという


心持をもつ事である。



もっと突込んでいえば、


ただひたむきにそうありたい事を


つつましやかに願うべきである。




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■ 1月の天風箴言


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健全なる精神は 


人生の一切に対してその心の


態度が積極的である時にのみ正しく作為される


 
 
 

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