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自然は命の故郷

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多くいうまでもなく人間は、


自然の中に自然の力で


その生命は活かされている。



この事実を、哲学的に形容すれば、


人の命は、自然というものを


その故郷としているといえる。



と同時に、科学的に論断すれば、


自然というものは、一切の生物の


生命のエレメントを為すものだといえる。



中村天風




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▼自己の生命の中に幽玄微妙な働きを


 有する「自然」をもっている


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(以下、『哲人哲語』


「統一式の修練ということの真義」より


引用抜粋)



自然というものは、


生物の生命の外部にあって、



その生命を護(まも)りまた護るためへの


各種作用を作為すると同時に、



もう一つの大なる注意を喚起される認識は、


自然は生命の中にも厳として


存在しているということである。



言い換えれば、


吾々の自己の生命の中にも


幽玄微妙な働きを有する


「自然」をもっているということである。



そして完全人生の建設の基礎を為す


各種の生命力(体力、胆力、判断力、断行力、


精力、能力等)は、



この生命に内在する「自然」の力を、


極めて均等に生命の全般=心身全体に


行渡らせてこそ始めて



理想通りに充実せしめ能うものであるという


普通の常識では考えられていない


不可犯の宇宙真理があるのである。




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■ 6月の天風箴言


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模倣も極致に到達すると真実と同様になる 


従って「善」なる事は極力模倣すべきである


 
 
 

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