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聖賢(せいけん)というものは

2025年4月1日
読了時間: 2分

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■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



4/1 聖賢(せいけん)というものは


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すぐれし人、言い換えると、


すべての真理を知っている聖賢というものは、


心がただ単に積極的であるばかりでなく、


本当の心の強さの中に


「気高さ」をもっている人のことなんだ。



心の中の気高い強さというのは、


結局要するに、


卑屈にやせ我慢で


強さをつくろうとするのでなくて、


淡々として、少しも気張らずに


強くなり得ていることをいう。



だから、すぐれし人には


絶対に不運というものはこない。



中村天風



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天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『心に成功の炎を』第9章です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『心に成功の炎を』


 皮革版




 机上版





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▼クンバハカ法で深い落ち着きをつくる


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(以下、杉山彦一著『いのちを活きる』


第8章より引用抜粋)



外的及び内的の刺激があっても、


クンバハカ体勢をとると、


感情や思考が動揺することはない。



「虚心平気」という語がある。



「虚心」とは、こだわりやとらわれのない


素直な心をいう。



「平気」とは、


消極的な感情や思考で


心の中に波立ことがない、


気持ちの平静さをいうのである。



クンバハカをすると、


刺激により気持ちがかき乱されることがない。


またうろたえることもなく、


落ち着きを確保できる。



この状態を「泰然自若(たいぜんじじゃく)」という。


驚かず、あわてず、落ち着いた様をいう。



クンバハカ法は、落ち着きのある、


悠々として泰然とした人物を創る方法である。



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【書籍ページはこちら】


▼杉山彦一著『いのちを活きる』





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■ 4月の天風箴言


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信念の重要な事は大抵の人の知るところである


然しそれを現実に堅持して居る人は極めて尠ない



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




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