top of page

理性の限界

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年9月9日
  • 読了時間: 3分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



9/9 理性の限界


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



現代の人々は


理性に事物を判断する力があるという点を


極端に尊重し過ぎる傾きがある。



しかし、理性というものは、


心性意識の発達に伴って発達する


理智から発生するものであるから、



理性そのものにも昨日と今日との間に


相当な進歩をするという実際的変化がある。



したがって、


われわれが理性を無上のものとして


尊重し過ぎることは決して賢いことではない。



まして人生の万事を


理性に全部依存せしめるという態度は


はなはだしい誤りである。



中村天風



※心性意識:精神生命に存在する


理性心から発動する意識



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『研心抄』第5章です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『研心抄』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼豊かな実生活は理性の咲かせた花


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、機関誌「志るべ」に掲載された


『研心抄』現代語表記版第5章から引用抜粋)



私はただ一概に


理性を排他するものではないということを、


くれぐれも念を入れてお断りしておく。



事実において、


今日吾々が吾々の実生活の上に


多大な恩恵を受けている知的事業や


価値ある発明や貴重な発見または創意は、



何れもほとんどこの心性意識の発達と共に


向上し進歩した、


いわゆる理性の咲かした花であり、


またその実りでもある。



従って我々は無論この理性なるものの


力と働きとに対し、


心より感謝と賛辞とを捧げなければならない。



がそうかといって


ただこれだけを極端に信頼、依存して


活きると、



未だかつて経験しなかった


新しい難問題などに直面した際、


もしも賢明な知恵や分別が出ないような場合、


非常に筆舌に表しがたい失望と煩悶に陥り、



ついには焦燥苦悩という


肉体に感覚する苦痛よりも、


ある意味においてはより以上といってよい


精神的苦みを味わうという羽目に


陥ることになる。



--------------------------------



【書籍ページはこちら】


▼『研心抄』





□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 9月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



真の平和の世界を作為せんと欲するものは


先づ個々の家庭平和を確立することを実行すべし



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
「まごころ」の尊さ

7/12  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ちょっと一杯の茶を出すのでも、 「ハイ」と返事をするような些細な行為でも、 そのとき、何の報償をも念頭に置かず、 すなわちその人に気に入られようとか、 あるいは、好感をもたせよう とかいうような気持ちでなく、 そこに一点何の求むるものなき、 純一無雑な「心」で、それが行われるとき、 その行為から、 形容のできない温かいものを感じる。 それは

 
 
 
生活がすなわち修行

7/11  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ すべての実行を、一時間二時間というような 長い時間を行うことを 修行の条件に思う必要はない。 人生修行のためと言って、 貴重な人生の時間を犠牲にする必要はない。 もしそうしないとできないような 方法であるならば 不適当なものであると遠慮なく言いたい。 「心身統一法」の本領は、 生活がすなわち修行という信条のものである。 日常の仕事を行いつつ

 
 
 
心の置きどころ

7/10  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 世界の本質が自然から作られ、 自然の中に計り知れない働きを行う 霊智があり、 その霊智が見えない人間の生命の中にある 心というものの態度で、 その受け入れ方が違ってくるなら、 自分を完全に活かすには、 心の態度を取り替えるのが、 先決問題ではないか。 心配しながら死ぬよりは、 「死」から自分の心を遠ざけて 活きている方が、 同じ死ぬにしても

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page