top of page

理性の判断は相対的である

2025年11月8日
読了時間: 2分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



11/8 理性の判断は相対的である


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



理性の判断するところのものは、


ありふれた常識の判断や、


軽率な感情本位の判断よりは、



はるかに、


論理的価値の高いものを


多く保有しているには相違ない。



が、しかし、いかにその判断が、


論理的に的確厳正であろうとも、



所詮、理性判断なるものは、


厳格な意味で論定すると、


どこまでいっても「相対的」で、



到底本心良心の許諾の如く、


絶対的なものではあり得ないのが


真理である。



中村天風



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『叡智のひびき』箴言29です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『叡智のひびき』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼「本心良心」と「理性」による言行


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、機関誌『志るべ』に掲載された


「箴言註釈29」現代語表記版より引用抜粋)


※『叡智のひびき』箴言29に該当。



本心良心による言行とは、


何の後ろめたさ、


つまり少しの気とがめをも


心が感じないことを言い、行うことである。



少しでも自分の言行を弁護したり


理由づけることによって


納得しようとするのは、



それはとりもなおさず、


理性の判断をただちに


本心的なもの良心的なものだと


独善的に断定強調しようとする、



極めて価値のない


いわゆる「独りぎめ」だと言ってよい。



ただし、くれぐれも誤解されたくないことは、


「理性を無用のものだ」というように


解釈しないことである。



優秀な理性心意は、


大いに推奨尊重すべく


大いにその進展を啓発するべきである。



--------------------------------



【書籍ページはこちら】


▼『叡智のひびき』





□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 11月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



人生に対して恒に積極的精神を堅持せざるものは 


健康や運命の勝利者にはなれない



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
肉体の主体は何か

10/14  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ そもそも生きているという不思議な命の力は、 肉体にあるのではなく、 生命を創造する「気」の中に 霊妙な働きを行う力があり、 それはあたかも回っている扇風機に それを回す力があるのではなく、 電気がこれを回しているのと同様である。 この例でも 人間の命の力を正しく理解できるはずだが、 人間だけは肉体それ自身に 活きる力があるように思うところ

 
 
 
心の操縦

10/13  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 現代人が心を完全に操縦できないで、 招かなくともよい不幸や苦悩を 味わっているのは、 あまりに実在意識を過重視し、 潜在意識の存在をおろそかにするため、 潜在意識の運用が 不完全になっているからである。 ちょうど、馬術の心得の乏しい人が 駿馬に乗った時、馬の静穏の時はともかく、 何かの拍子で馬が暴れ出すと、 たちまち混乱に陥り、 完全にそ

 
 
 
記憶力をよくする法

10/12  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 有意注意力が習性化されてくると、 自然と注意が注がれる範囲が 拡大されていって、 一度に多数または多方面に自分の注意を 困難なく振り分けられるようになってくる。 不必要な消極的観念が心の中を占拠して、 有意注意力を攪乱(かくらん)すると いうことがなくなってくる。 その当然の帰結として、 連想力が正確になり、 いわゆる思想の整理が自然に巧

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page