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現在あるもので満足する

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もしも、諸君が何か人生に物足らない、


不平を感じ、


不満を感じるようなものがあったら、


それは自分の心がまだ卑しいからだと


考えなきゃだめだぜ。



何か欲しいな、欲しいなと思うものが


自分のものにならなかったら、


現在あるもので辛抱しなさい。



現在あるものでありがたいと思いなさい。


そうすれば、けんかにならないじゃないか。



ところが、現在あるものには


なかなか感謝しませんよ。


それで、ないものばっかり欲しがる。



中村天風




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▼足るを知る


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(以下、杉山彦一著『いのちを活きる』


 第7章から引用抜粋)



昔から、


「思うこと、一つかなえばまた二つ、


三つ四つ五つ、六(む)つかしの世や」と


いわれ、人間の欲望には際限がない。



釈迦は、「欲を捨てよ」といったという。


これは、物や金への過度の執着、


また地位や名誉に対する異常な執念を去れ、


ということである。



人は生きてゆく上に、分に応じて、


ほどほどに暮らしができればよいのである。



見栄を張り、背伸びして、


対抗意識で無理を通すと、生活は破綻する。



分をわきまえて、贅沢せず、


感謝して活きることが、


「足るを知る」ということである。



心の充足をはかると、


不平不満はいわなくなる。


心が満ちたりているからである。



「焚くほどは、風がもてくる落葉かな(良寛)」


の心境ほどではないにしても、



足ることを知る人は、


欲求不満でもなく、


いたずらに心を磨りへらすこともなく、



感謝して活きるから、


幸福への最短距離を行くことになる。




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■ 7月の天風箴言


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どんな場合にも慌てない人となるには


平素の言動を 出来るだけ落ちついて行う様


心かけるべきである


 
 
 

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