top of page

我とは何ぞや

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年11月26日
  • 読了時間: 2分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



11/26 我とは何ぞや


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



人々は、落ちついて


「我とは何ぞや」ということを考えない。



その理由は「我」というものの本質を


自覚していないからである。



「我とは何ぞや」ということを


正しく理解していないと、


人生観が正当に確立されない。



人生観が、確立されないと、


自己統御が完全にできない。



それが正しく理解された時、


初めて確固不抜の人生観が確立され、



その確立された人生観が、


内的誘導力となって、


自己を完全に統御し得るに至るのである。



中村天風



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『研心抄』第1章です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『研心抄』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼我とは「見えない気体」だと信念する


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、中村天風講演録より引用抜粋)



私たちの本当の正体は、


目に見えない気体なんだ。



この見えない気体は、


絶対的に、火にも水にも、焼けないし、


おぼれもしない。


永遠に不滅のものだ。



強く生きましょう、人生は。



ともすれば、弱く生かされる人生の中を、


日常楽しくいこうとするには、


強く生きなければ。



それには、強固として揺るがざる自己意識で、


我とは見えない気体だと信念する。



そうすると、いかなるときでも、


本当に安定した状態。



どんな人生を脅かす病が襲ってこようと、


不運が襲来しようと、



毅然としたオーロラのように、悠然自若、


肉体を完全に支配して生きられるという、


我ながら頼もしい人間になれるのであります。




□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 11月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



人生に対して恒に積極的精神を堅持せざるものは 


健康や運命の勝利者にはなれない



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
「思いやり」の実行

5/15  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 思いやりの気持ちがいかに貴いかは 誰でも知っているが、 実行できているかというと、 意外とそうではない。 それは、その人の人生観が 自己中心主義にかたよっているためである。 これを解決するには、 第一にこの世の万物万象が、 互いに助け合って調和をはかりながら 存在しているという事実を知ることである。 人生に起こるすべてのことを スムースに解

 
 
 
絶対積極と相対積極

5/14  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 精神の積極状態というのは、厳密にいうと 「絶対積極」と「相対積極」の 二つに分類される。 絶対積極とは、 「何事に対しても虚心平気の状態」をいい、 相対積極とは 「何事に対しても、できうる限り 明朗、恬淡、溌剌、颯爽として対応すること」 をいう。 いずれにしても、 人生建設の先決要諦である健全精神の完成は、 その基本条件である精神状態を 絶

 
 
 
原因のないものはない

5/13 原因のないものはない ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ およそこの世のありとあらゆる事物の中に、 原因のないものは絶対に、 一つとしてありえないのである。 このことが絶対真理であるということは、 自分の言動や仕事などの結果に、 何か意に満たぬものがあるとき、 それを仔細に検討すると、 必ずや「力」か「勇気」か、 もしくは「信念」が 欠如していたがためだという、 原因的事実があ

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page