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和について

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和とは不可分の統合すなわち、


YOGAのことである。



人間の人間らしい活き方とは、


心身の統一、すなわち、


心と肉体とが輪となった活き方である。



これ以外の活き方では、


本当の人間としての真の価値を発揮できない。



生命の「和」がみだされれば、肉体も精神も、


その健康味を発揮することができない。



特に、精神の不健康は、


社会をも濁らすこととなる。



なぜならば、人間としての道義性と情義性が、


著しく欠如して、どんな場合にも、


そのふるまいが自己本位に堕するからである。



中村天風




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▼心と身体、いずれかに偏ってはいないか?


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(以下、機関誌「志るべ」に記載された


『真人生の探究』現代語表記版第1章より


引用抜粋)



心と身体が、打って一丸となったものが


人間の命の真の姿である。



精神か肉体かの


いずれか一方に偏っている生活法では、


完全な結果が得られる道理がない。



たとえば、一挺(いっちょう)の楽器から


妙(たえ)なる音楽を奏でようとするには、



楽器の状態もしっかり調べて


注意を向けなければならないが、



同時にその奏者の技術ということも


絶対に切り離せない条件として、


これまたしっかり注意を


向けなければならない。



どれほど楽器だけを十分慎重に選んでも、


奏者の技術を無視しては


完全な音楽が演奏されないのと同様、



反対に奏者だけを慎重に選んでも、


楽器を軽視したのでは


同じく到底完全な音楽は味わえない。



すなわち統一されなければならない。


人生またしかりである。




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■ 6月の天風箴言


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模倣も極致に到達すると真実と同様になる 


従って「善」なる事は極力模倣すべきである


 
 
 

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