top of page

人あっての自分

  • 執筆者の写真: bonaondo
    bonaondo
  • 2025年10月9日
  • 読了時間: 3分

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■  中村天風 | 一日一話


元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話



10/9 人あっての自分


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



もしも、いささかたりとも、


報償を本位とするというがごとき、


凡俗同様の卑しむべき心持ちが発生したなら、



そのときは


「箱根山 駕籠(かご)に乗る人担ぐ(かつ)人 


そのまた草鞋(わらじ)を作る人」という


古諺(こげん)を思い出すがよい。



さすれば、この世の中に活きるのは、


いかに偉くなっても、


自分一人で生きられるべきものではなく、



人あっての自分、


自分あっての人ということが、


即座に直感され、



その直感が良心に感応すれば、


報償を超越した責務感となり、



さらに当然の帰結で、


その責務感がまごころとなって発露する。



中村天風



--------------------------------



天風メルマガ「中村天風 一日一話」は


中村天風著作のなかから特に大切にしたい


言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』


から転載しています。



本日の一日一話の出典は


『叡智のひびき』箴言2です。



【書籍ページはこちら】


▼『中村天風一日一話』




▼『叡智のひびき』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


▼何事をなすにも報償を超越してなすべし


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(以下、機関誌『志るべ』に掲載された


「箴言註釈2」現代語表記版から引用抜粋)


※『叡智のひびき』箴言2に該当。



「まごころ」で行われる行為には


絶対の「強さ」というものがある。



絶対の強さがあるというのは、


そもそもいかなる理由があるのかというと、



「まごころ」という「心」の中には、


期待というものがないから、


当然失望というものがないからである。



失望は、


ある期待が裏切られたときに発生する


相対的な心理である。



従って、報償を行為の対象とすると、


当然その報償への「期待」というものが


付いてくるため、



その報償が期待通り得られれば


何ら失望は生じないが、


そうでないと失望してしまうことになる。



すると気づかぬうちに、


その行為にムラが出て来る。



すると当然その強さというものが、


ややもすると失われがちになるのである。



すなわち、これが


「何事をなすにも報償を超越してなすべし」


と、力説する理由なのである。



--------------------------------



【書籍ページはこちら】


▼『叡智のひびき』





□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■ 10月の天風箴言


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



完全な人生に活きんと欲する者は何を措いても


現在の瞬間を価値高く活きることを心かくるべし



▼天風箴言の解説は、


 公式HPでご覧いただけます 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


■天風メルマガ発行元


 中村天風財団(公益財団法人 天風会)


 〒112-0012


 東京都文京区大塚5-40-8


 TEL 03-3943-1601 FAX 03-3943-1604






※社内、取引先、ご友人などへの転載は


 ご自由にどうぞ。


 ただし、無断転載は厳禁です。


 出典を必ずご明記ください。



※このメルマガをオススメいただく場合は、


 こちらのURLをご案内ください。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 
 
 

最新記事

すべて表示
正心誠意

4/14  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 真の人生幸福というものは、 自己を本位とする相対的意識の中から 生ずるものではなく、 つねに、正心誠意(本心良心)という 調和享容の絶対意識の中からのみ生じる。 もっとわかりやすくいうならば、 お互い人間の心が、 自分以外の他の人々の幸福を望む気持ちで、 一つに結ばれない限り、 広い意味における、 人々の共同幸福は 望んでも事実化されないの

 
 
 
理智に依存しない人生

4/13  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 理性や感情というものは、 その人の心身に享受した教養や、 または経験から培養された理智を 根源とするという 忽諸(こつしょ)に付(ふ)すべからざる 大きい事実関係がある。 しかし理智なるものは、 つねに間断なき発育的情勢をもって 推移しているという相対的なものである。 しかるに、かくのごとく、 多分に変移性をもつものに 人生生活を依存すると

 
 
 
相手方の気持ちになる

4/12  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 相手方の気持ちになるということは、 わかりやすくいえば 「自分が先方の立場にいたらどうであろうか」 ということを考えることなのである。 実際! 自分以外の人の心持ちを理解しあうことが できるという特殊の精神能力を、 人間だけに賦与されているのはなにゆえぞ、 と考えたら、 何事に対しても、まず 相手方の気持ちになって考えてみることが、 すべて

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page