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「集中」と「傾注」

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心の前に現れた事物現象なり、


または仕事などに、


他意なく一心不乱に心が注がれる状態を


精神統一というのではない。



それは精神統一の枢要条件である


「集中」ではなく、


「傾注」であり、「執着」であり、



極言すれば


「凝滞」であり「放心」なのである。



真正の精神統一とは、事物事象を


心の中に集約集中せしめることである。



心を心の対応するものに捉わしめず、


心にそれを完全に捕捉することである。



中村天風





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▼天風先生の集中と転換


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(以下、杉山彦一著『いのちを活きる』


第9章より引用抜粋)



私が学生時代の時、


天風哲人のお教えをいただきたく、


お宅に参上した。



お部屋に通されると、


天風哲人は英文タイプを打っておられた。


私は固くなって黙って座っていた。



「話があって来たんだろ」


「タイプの邪魔をしてはいけません・・・」


「タイプは、眼と手があればできるんだ。


 耳は空いているのだよ。早くいいなさい」



私はおそるおそる、哲人のお耳に向かって


事の次第を申し上げた。



「それは、こうなんだよ」と先生は


詳しく私に語りかけながら、


タイプの手を休めることはなかった。



天風哲人の注意は、私とタイプの間で、


素早い集中と転換を


確実にくり返していたのである。



それが私から見ると、


二つのことを一挙にやっているように


見えるのである。



自らの意思で、対象に注意を集中し、


また転換することを、


一糸乱れず敏速にやってのけるのが、


賢者の心の使い方である



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■ 4月の天風箴言


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人生に活きる際 気どったりぶったりせぬ様


心かけると 


ドレダケ心に余裕が出来るか分らない


 
 
 

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