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■ 中村天風 | 一日一話
元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話
2022/7/12 「まごころ」の尊さ
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ちょっと一杯の茶を出すのでも、
「ハイ」と返事をするような些細な行為でも、
そのとき、何の報償をも念頭に置かず、
すなわちその人に気に入られようとか、
あるいは、好感をもたせよう
とかいうような気持ちでなく、
そこに一点何の求むるものなき、
純一無雑な「心」で、それが行われるとき、
その行為から、
形容のできない温かいものを感じる。
それはすなわち
「まごころ」というもののもつ尊さの
感応である。
中村天風
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天風メルマガ「中村天風 一日一話」は
中村天風著作のなかから特に大切にしたい
言葉を収録した書籍『中村天風 一日一話』
から転載しています。
本日の一日一話の出典は
『叡智のひびき』箴言2です。
【書籍ページはこちら】
▼『中村天風一日一話』
▼『叡智のひびき』
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▼「まごころ」を込めた行為と
そうでない行為
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(以下、『折れない心』より引用抜粋)
人間の行為に、
「まごころ」を込めて為されたのと、
そうでない場合は、
その結果がどうであれ
その行為の「尊さ」には格段の違いがある。
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たとえば他人の危機を救うというような場合、
報償目当てで救ったのと、
そのような見返りなど念頭に置かずに
救ったのとでは、
たとえ自らの危険をかえりみずに
救ったというその行為と事実は
同じであっても、
その行為の尊さには越えがたい
大きな隔たりがあるはずだ。
言い換えれば、
その行為の因(もと)を成す
「心」なるものが、
報償や見返りを念頭に置いた「心」と、
報償などを計算の中に入れていない
自然から発した「まごころ」とでは
その純正さにおいて
後者のほうがはるかに正しく清いのである。
多く言うまでもなく、
真理は、万事に通貫する。
事実において、それは、
人の危機を救うというような
大きなことだけでなく、
日常の生活における行為に対しても
またしかりなのである。
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【書籍ページはこちら】
▼『折れない心』
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■ 7月の天風箴言
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「思ひやり」という事を現実にするには
先づ何を措いても
相手方の気持になって考へて見る事である
▼天風箴言の解説は、
公式HPでご覧いただけます
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